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2010年7月 6日 (火)

【国内】「家族で平穏に暮らしたい・・・」中国人大量保護申請で親族48人呼んだ姉妹が心境を語る[07/05]

【国内】「家族で平穏に暮らしたい・・・」中国人大量保護申請で親族48人呼んだ姉妹が心境を語る[07/05]

1 :豆腐専門店冷奴φ ★ :2010/07/05(月) 18:46:40 ID:???
 日本人姉妹の親族として5~6月に来日した中国人48人が入国直後に大阪市に生活保護を申請した問題で、
姉の林愛英さん(79)と妹の珠英さん(78)=ともに同市西区在住=が4日、読売新聞社の取材に通訳を通じて応じ、
「私たちには日本人の血が流れている。中国でつらい時代を生き抜いて、
 やっと来日が認められたのに、入国目的を疑われるのはつらい」と心境を語った。

 姉妹によると、母親は福岡出身の日本人。1926年、中国人の夫と中国・福建省に渡り、愛英さんら10人の子どもをもうけた。
干し芋で食べつなぐ貧しい生活。戦後は日本敵視の風潮が強まり、一家は迫害を受けた。
父親は激しい暴行を受けて衰弱し、死亡。愛英さんは
「私も息子たちも『日本人は出て行け』と、よくいじめを受けた。こん棒で殴られ血まみれになったことも」と振り返る。
 そんな時、母親は「日本人はみんな親切。いつか一緒に日本に帰ろう」と繰り返していたという。

 日中国交正常化(72年)後に、中国残留邦人に帰国の道が開かれ、母親も97年、約70年ぶりに帰国。
しかし、出生届が出されていなかったため、日本国籍を取得できないまま、母親は1年後に日本で病死。
姉妹は電話で悲報を知らされた。

 中国帰国者を支援してきた空野佳弘弁護士(大阪)が代理人となり、
2008年11月、DNA鑑定で日本人との血縁関係がようやく証明され、姉妹は日本国籍を取得。
姉妹と兄、その子ども計10人の家族合計56人の入国も認められ、期限の6月までに次々と来日した。
先に入国した家族が外国人登録した際、区役所の窓口で生活保護制度を知り、後に来た家族とともに申請手続きをしたという。

 「息子たちの仕事が見つかれば、申請は取り下げるつもりだった」と姉妹。
先月末に自転車組み立て工場などに息子ら3人の就職が決まったが、
大阪市から入国目的を問題視された影響で、すべて断られたという。

 愛英さんは「日本はいい国だと聞かされ、ずっと移住したいと思っていた。やっと家族で平穏に暮らせると思ったのに」と涙ぐんだ。

ソース 読売新聞 2010年7月5日15時19分
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100705-OYT1T00701.htm

仕事があるから来るならまだしも無計画にこっち来て、生活保護真性速攻出したらそれが目的と思われるのは当然だと思うけど。

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