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2013年12月11日 (水)

【北海道新聞/社説】マンデラ氏の精神を生かし、在日韓国・朝鮮人への嫌韓デモなど差別がない共生社会を実現せねば[12/10]

【北海道新聞/社説】マンデラ氏の精神を生かし、在日韓国・朝鮮人への嫌韓デモなど差別がない共生社会を実現せねば[12/10]

1:帰って来た仕事コナカッタ元声優φ ★ [] :2013/12/10(火) 17:35:48.46 ID:???
南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)政策撤廃に心血を注いだネルソン・マンデラ元大統領が死去した。
95歳だった。27年間に及ぶ獄中生活を含め、人種差別と闘い続けた生涯だった。
偉大な英雄の死を悼みたい。

マンデラ氏の指導の下、民主主義国家に生まれ変わった南アは
今や成長著しい「新興5カ国」(BRICS)の一つを成し、
2010年にはアフリカ大陸で初めてサッカーのワールドカップ(W杯)を開催した。

一方、世界最悪といわれる治安や白人と黒人の経済格差など深刻な問題は依然大きな課題である。
だが人種の壁を乗り越え、人々の融合を目指したマンデラ氏の「虹の国」の理想は確かに次世代に引き継がれた。
これは21世紀の国際社会の共通目標にもなっている。

オバマ米大統領は声明で「自分自身の自由を犠牲にして国を改革した」と述べ、
マンデラ氏の死を惜しんだ。きょうヨハネスブルクで営まれる追悼式には皇太子さまが参列し、
各国から多数の首脳級が出席する。

長年、白人が支配してきた南アフリカでは第2次大戦後、差別の制度化が急速に進み、
黒人は選挙権がないばかりか、居住地は制限され、異なる人種間の結婚も禁止された。

法律家のマンデラ氏は若くしてアフリカ民族会議(ANC)に身を投じ反アパルトヘイト闘争を始めた。
1964年、反逆罪で終身刑となったが、過酷な獄中生活の中でも不屈の精神で闘争を率いた。
その後、国内の反アパルトヘイト闘争の盛り上がりと国際社会の経済制裁は白人政権を強く揺さぶった。
国際的な支持と共感が広がったのは、運動が差別撤廃という普遍的な理念に基づくものだったからだ。

90年、デクラーク大統領により釈放されたマンデラ氏は、政権との交渉でアパルトヘイト完全撤廃を勝ち取った。
この功績でデクラーク氏とともにノーベル平和賞を受賞した。

「この美しい国で弾圧し合うことを断じて繰り返してはならない。自由が支配せんことを」。
94年の初の全人種選挙後、マンデラ氏は大統領就任演説をこう結んだ。
マンデラ政権は白人と協調路線を取った。国造りに白人の力が必要と考えたとはいえ、英断だった。

南アの歩みは自由や平等のない社会は必ず行き詰まることを教える。

地球上からは人種・民族や宗教による差別がなくならない。
日本でもアイヌ民族や在日韓国・朝鮮人への差別が今も残る。
ヘイトスピーチ(憎悪表現)の横行はその象徴だ。

多様な人々が共生できる社会を実現する。マンデラ氏の精神を生かす道を追求したい。

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/509188.html

引用元URL:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1386664548/

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