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2014年3月19日 (水)

【毎年恒例/韓国起源】 桜の花の起源~戦時中、ワシントンの桜を守った李承晩(イ・スンマン)博士

3月になると全国に桜の花が咲き始める。幼い頃、私は鎮海(チンへ)警察署長だった父と共に鎮海軍港祭の美しい桜を見物した。
今も桜の木から雪のように降る桜の花を忘れられない。

我が国に鎮海軍港祭があるなら世界的に最も有名な桜の花祭りはワシントンDCの桜祭りだ。
今年で101回をむかえるワシントン桜祭りは日本が1912年、ワシントンに3000余株の桜を贈ったことを記念して始まったという。
毎年4月になればワシントンのポトマック川の川辺は桜の花で覆われ通りは桜天国に変わる。
この壮観を見るために何と百万人以上の観光客がワシントンを訪れる。

しかし、過去、この桜の花にも危機があった。
1941年12月7日に日本が真珠湾を空襲するとすぐに米国では日本を象徴する桜の木を切ろうという世論が激しくわき起こった。
その時、これに強力に反対した人物は思いがけず朝鮮人、李承晩(イ・スンマン)博士であった。
当時、米国に滞留中だったイ・スンマン博士は米国人らに「あなた方は桜の木について正しく知らない!」とし、桜の木を切らないよう主張した。


イ・スンマン博士は桜の木を切ろうとしていた米国人らに向かって桜の木の原産地は済州島(チェジュド)王桜と反論し、ワシントン一帯に桜の木を植樹する行事まで開いて積極的に反対運動を広げたという。

事実だった。
日本は桜の木の原産地を‘朝鮮の済州島’と明記していた。
日帝強制支配期、当然、日本は済州島を自分たちの土地と考え、桜を済州島産と明らかにするのに躊躇する理由がなかったからだ。
日本は特に国花がなく、皇室を象徴する菊があるが最も大衆的に愛されている花が桜の花だ。

日本を象徴する花さえ日本固有の花ではなく、私たちの花である王桜にせざるを得なかった日本はこれに対するコンプレックスのためか、桜をあたかも日本産であるかのように世界に知らせた。
ワシントンDCの桜通りもこの延長線上だった。

いつか我が国にも桜の花祭りに反対する世論があった。
桜は日本起源なのになぜ、私たちが桜の花祭りを楽しまなければならないのかということだった。繰り返すがこれは誤った見方だ。
日本の桜は本来、私たちの済州の王桜で、これを日本が持って行って植えたに過ぎない。

その後、ワシントンDCの桜は真珠湾戦争にもかかわらず、イ・スンマン博士などによる反対世論に力づけられて幸い起死回生し、今も4月になれば派手に満開になって世界の人々が楽しむ桜の花祭りの主人公になった。

現在、日本はまだ独島(ドクト、日本名:竹島)を自らの土地だと主張している。
あたかも済州の王桜を日本の国花にした姿と似ている。

いつか日本の象徴になった桜の花も、東海の美しい島、独島も一歩進んで日本によって中国の土地になった間島(カンド)も当初から私たち大韓民国のものであることを全世界が認められる日が来るだろうと堅く信じている。

ソース:韓国日刊スポーツ(韓国語
http://isplus.joins.com/article/510/14117510.html

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